甘酒あまざけ稲荷いなり神社じんじゃの創建そうけん年代ねんだいは不詳ふしょうです。嘉永かえい5年ねん(1852)に入いる斗村とのむらの貝塚かいづか稲荷いなりと合祀ごうしされ創はじめ再建さいけんされたと伝つたえられています。 このあたりは海岸かいがん地帯ちたいで、中世ちゅうせい以前いぜんは、現在げんざいの東海道とうかいどうのルートは通行つうこうす不能ふのうでした。当時とうじの東海道とうかいどうは現在げんざいの池上いけのうえ通とおりに沿そって台地だいち上じょうを通過つうかしていました。海沿うみぞいのこの地域ちいきは、塩分えんぶん混まじりの土地とちで収穫しゅうかくが上あがらず、貢納こうのうが免除めんじょされたことから、不入斗いりやまず村むらと呼よばれたようです。 咳せきの病やまいに霊験れいげんがあると言いわれ、平癒へいゆした後あとに甘酒あまざけを奉納ほうのうされていたことから、甘酒あまざけ稲荷いなりと称しょうされるようになったといいます。
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