円竜廃寺 旧下袋村の領主小泉氏の菩提寺でしたが幕府が禁教とした「不受不施派」に属していたため江戸初期の寛文年間(1661-1673)に廃絶されました。旧墓地の一部が現在も残り、古い墓石が29基ほどあります。 不受不施派「僧は法華経を信じない者から決して布施・供養を受けず、信者は法華経を信じない僧に対して決して布施・供養を行わなず、教えも受けない」という一派のことで、京都妙覚寺の日奥を祖とします。 その信条から国家に対してすら決して供養を行うこともなく、そのため秀吉、家康から憎まれ、更に日蓮宗内部でも激しい対立を生じ、遂に江戸時代にはキリスト教同様、活動を禁止されました。
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