お堂どうの前まえの道みちは、庚申こうしん通とおり商店しょうてん街まちと呼よばれています。この道みちは、清光寺せいこうじを経へて、旧きゅう荒川あらかわにあった六ろく阿弥陀あみだ渡わたしで現在げんざいの足立あだち区くに繋つながっていました(明治めいじ以降いこうは豊島としま渡わたると呼よばれていました)。 板碑いたび型がた庚申こうしん塔とうは、文字もじのみで「奉供養くよう庚申こうしん二に世せい成就じょうじゅ所しょ 武州ぶしゅう豊嶋とよしま之の郡ぐん馬場ばば村むら」と記しるされています。馬場ばば村むらは王子神おうじがみ谷たに駅えきと清光寺せいこうじの間あいだにあった小ちいさな村むらで、現在げんざいは豊島としま馬場ばば遺跡いせき公園こうえんがある辺あたりにです。豊島としま馬場ばば遺跡いせき公園こうえんには古墳こふん時代じだいの遺跡いせきがあり、方形ほうけい周溝しゅうこう墓群ぼぐんがありました。 板碑いたび型がた庚申こうしん塔とうは、江戸えど時代じだい初期しょきの寛文かんぶん9年ねん(1669)10月がつに造立ぞうりゅうされたものです。
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