東灌森稲荷神社(とうかんもりいなりじんじゃ)の、創建年代は不明です。太田道灌が江戸城築城の際に方位神として祀った「方除け七稲荷(道灌七稲荷)」の一つです。 元々は現在の田端駅の辺りに位置していまし。吉原遊廓まで続く道があり、吉原から逃亡した遊女がこの辺りで猛獣に付きまとわれて動けなくなるという言い伝えから「足止め稲荷」と呼ばれるようになりました。そこから従業員の定着を希望する吉原の経営者らの信仰を集めました。 石造の鳥居は、吉原遊廓の楼主だった尾張屋彦太郎が奉納したもので「足止め稲荷」のご利益に感謝して建てられました。 参道に並ぶ十数本の赤鳥居は、鉄パイプに鉄板を溶接して赤く塗ったものす。地元の鉄工会社によって建てられたもので、ほとんどが昭和40年代に建てられました。5年に1回ほど塗り替えをしています。
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〒114-0013 東京都北区東田端1丁目11−1