かつて、荒川の渡船場があり、対岸の板橋区小豆沢(あずさわとを結んでいました。小豆沢の台地に走る中山道から荒川を渡って川口に向かうのが浮間の渡しです。ひとつ上流の渡しは中山道の戸田の渡し、下流の渡しは岩淵の渡しでした。この渡船場は浮間村が運営しており、船賃は村の道の修繕、村社の修復などにあてられていました。浮間は桜草の名所として知られていましたが、その季節には多くの人が訪れ、臨時の渡船場が設けられたほどです。 昭和3年に浮間橋ができ、渡船場は姿を消しました。 渡船場跡にある4基の石塔は、かつて現在地より100mほど北にあったものを移設したものです。左 小さな石祠は水神様です。左2番目 笠付角柱型庚申塔は、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄です。基壇には講中18人の願主が刻まれ、講元松澤藤助の銘、左側面には蓮沼村石工清八、小石川久五郎の銘が記されています。庚申塔は、天保9年(1836)6月に造立されたものです。 左3番目 笠付角柱型馬頭観音は文化10年(1813)11月に造立されたものです。馬頭観音は、浮間村の講中35人が、往来する馬の交通の安全を願ってた建てたものです。馬頭観音としては極めて大きいものです。右 小い角柱型石塔は巡礼供養塔です。巡礼供養塔は、文政元年(1818)7月に造立されたものです。浮間村の松澤晩右衛門という人物が西国・秩父・坂東の百箇所および四国八十八箇所の巡礼を達成した記念に、その孫の林蔵が建てたものです。道標も兼ねていて「右 いゝつか(飯塚) 川口道」「左 浮間村」と記されています。
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