松原閻魔堂は、 明治時代に廃寺となった正覚院の墓地です。「新編武蔵風土記稿」にも登場する閻魔堂です。小ぶりのお堂の中には閻魔大王を中心に十王が祀られています。 本堂前には天明8(1788)年、安政3(1856)年の筆子塚があり、江戸時代にはここに寺子屋があったことを物語っています。 ① 七基の舟形光背観音菩薩像 右1 十一面観音菩薩立像は、貞享5(1688)に造立されたものです。光背に「念佛道行六十六人」「小関村」が記されています。 右2 馬頭観音菩薩立像は、貞享4(1687)に造立されたものです。光背に「念佛道行六十六人」「小関村」が記されています。 右3 観音菩薩立像は、貞享5(1688)に造立されたものです。光背に「念佛道行六十六人」「小関村」が記されています。 右4 観音菩薩立像は、元禄2(1689)に造立されたものです。光背に「念佛道行六十六人」「小関村」と記されています。 右5 聖観音菩薩立像は、貞享4(1687)に造立されたものです。光背に「念佛道行六十六人」「小関村」と記されています。 右6 准胝観音菩薩立像は、貞享4(1687)に造立されたものです。光背に「念佛道行六十六人」「小関村」と記されています。 右7 如意輪観音菩薩坐像は、元禄元年(1688)に造立されたものです。光背に「念佛道行六十六人」「小関村」と記されています。② 六地蔵菩薩・馬頭観音塔 左1 地蔵菩薩立像は、寛文11(1671)に造立されたものです。光背に「右志者女三十八人男廿二人」と記されています。 左2 地蔵菩薩立像は、寛文11(1671)に造立されたものです。光背の文字は不明です。 左3 地蔵菩薩立像は、寛文11(1671)に造立されたものです。光背の文字は不明です。 左4 地蔵菩薩立像は、寛文12(1672)に造立されたものです。光背の文字は不明です。 左5 地蔵菩薩立像は、寛文11(1671)に造立されたものです。光背に「右志者為三界萬霊也」と記されています。 左6 地蔵菩薩立像は、寛文12(1672)に造立されたものです。光背に「?春禅定尼菩提也」と記されています。 左7 馬頭観音塔は昭和12(1937)に造立されたものです。
MAP
〒177-0045 東京都練馬区石神井台7丁目18−28