千住せんじゅ河原町かわらちょうはかつて「やっちゃ場ば」とよばれた青物あおもの市場しじょうで、戦前せんぜんには旧きゅう日光にっこう街道かいどう沿そいに多おおくの青物あおもの問屋とんやが軒のきを連つらね、活気かっきあふれる問屋とんや街まちでした。千住せんじゅ河原町かわらちょう稲荷いなり神社じんじゃ境内けいだいには明治めいじ39(1906)年ねん建設けんせつの「千住せんじゅ青物あおもの市場しじょう創立そうりつ三百三十さんひゃくさんじゅう年ねん祭さい記念きねん碑ひ」が立たっています。これによれば市場しじょう開設かいせつは天正てんしょう4(1576)年ねんになりますが、史料しりょうによれば、公的こうてきに市場しじょうの形かたちをなしたのは江戸えど時代じだいの享保きょうほう20(1735)年ねんでした。青物あおもの市場しじょうは神田かんだ・駒込こまごめと並ならび江戸えどの三さん大だい市場しじょうに数かぞえられ、幕府ばくふの御ご用よう市場しじょうでした。
MAP 〒120-0037 東京とうきょう都と足立あだち区く千住せんじゅ河原町かわらちょう23−11